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Posted on 2017年5月30火 in スクールニュース

スクールニュース vol.266

 

編集部より 戦争遺構を色濃く残す館山市

5月26日、天候不順の中、千葉県南部の館山市、南房総市などを訪れました。この日は、平日、雨天ということもあり道路が空いていたので、編集部のある東京・港区から、東京湾のアクアラインを利用し約75分〜80分で館山に着きました。
朝一の取材先である館山市は、高速館山道および同市北条地区のバイパス等が整備され、その周辺には大型店舗が出店、他の地方都市同様、街の郊外化が進んでいました。一昔前、合宿や旅行で訪れた時代の館山駅周辺はもっと活気があった様に思います。気のせいでしょうか。
館山市は、対岸の三浦半島横須賀市などと同様に、東京湾の入口に位置し、近代、明治以来、首都東京を守る重要な場であったことはご存じの通りです。そのため同市には、旧日本海軍砲術学校、海軍航空隊などが設けられ、さまざまな軍事施設があり、その関連産業などで栄えたということです。
同市には、今でも当時の多くの軍事遺構が残っています。そして、太平洋戦争末期には、帰還することを許されず、特攻船などにより、多くの若者の尊い命が失われた事も忘れてはいけない歴史です。
今回の取材では、館山市の戦争遺跡の一部に接する機会があったので、そのほんの一部を紹介しました。取材過程で見た、館山市立北条小学校の外壁は、旧士官学校時代の赤煉瓦塀(壁)が残っていました。

旧士官学校の赤煉瓦塀と南国のヤシの木・蘇鉄の木が調和(この奥が北条小学校/幼稚園)

旧士官学校の赤煉瓦塀(壁)と南国のヤシの木・ソテツの木が調和(この奥が北条小学校/幼稚園)

国道(バイパス)とに沿って続く広い歩道、赤煉瓦塀のプロムナード

国道(バイパス)に沿って続く広い歩道、赤煉瓦塀(壁)のプロムナード

さらにもう一つの取材先、旧館山海軍砲術学校の跡地を利用して設けられたのが、館山市初の小中一体型小中学校の館山市立房南中学校・房南小学校です。
旧館山海軍砲術学校では、戦中、全国の官公私立大学、高等専門学校等より選抜され入学した1,440名の学徒兵が、出陣していったそうです。

房南中学校の旧海軍砲術学校内の水泳プール。当時の学徒兵達の水泳訓練に使用されていたもので、深さが2m以上あるという。緑の中央部分の土塀の辺りが水球プール。これも戦争遺跡

房南中学校の旧海軍砲術学校内の水泳プール。当時の学徒兵達の水泳訓練に使用されていたもので、深さが2m以上あるという。緑の中央部分の土塀の辺りが水球プール。これも戦争遺跡

房南中学校(房南学園)横の旧海軍砲術学校正門付近の案内板

房南中学校校舎、透かし塀の緑の法面に、当時の防空壕が今も残っているという

房南中学校(房南学園)横の旧海軍砲術学校正門付近の案内板

房南中学校(房南学園)横の旧海軍砲術学校正門付近の案内板

 

今回取材した、館山市の学校は、追って「月刊スクールアメニティ」で掲載します。

 

過去のスクールニュース → http://www.schoolnews.jp/category/schoolnews/
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