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Posted on 2018年6月05火 in スクールニュース

スクールニュース vol.345

 

編集部より 仙台市荒浜地区などを訪ねて

本誌連載「東日本大震災から7年、学校の再生(復旧)とまち」特集の関連で、仙台市荒浜地区を再訪した。
この荒浜地区は、東日本大震災の約1年後に、名取市閖上地区、宮城県太平洋沿岸地域等の学校施設の被害状況を知るため取材して回った地域だ。
当時の荒浜小学校や荒浜地区は、大津波が同小、同地区を襲い、1年後でも収拾がつかず、荒漠した風景の中にRC造の同小学校の校舎があるのみだった。大津波は、荒浜地区の約800世帯あったという住宅を一気に崩壊させた。当時、荒浜小学校の屋上に避難し、津波から逃れた被災者によると、家々を襲う様は、地獄絵図でも見るような、バーチャルを見るようだったと言う。
今回訪れた7年後の荒浜地区は、県道10号の南側は災害危険区域に指定され、居住が禁止されていた。そのため、地震、津波の脅威を教訓として後世に伝えることを目的に、震災遺構として保存されている旧荒浜小学校校舎が荒涼とした中にポツンとあった。

旧荒浜小学校外観

旧荒浜小学校外観

校舎内部

校舎内部

津波によってひしゃげた鉄板のドア

津波によってひしゃげた鉄板のドア

展示室

展示室

被災地域周辺模型

被災地域周辺模型

荒浜小学校の震災遺構を訪れた後、遺構係員の勧めもあり、海岸にある多くの犠牲者を慰霊するために建立された白御影石「荒浜慈聖観音」像を詣でさせてもらった。この観音像は高さ約9mあり、その高さは東日本大震災の津波の高さと同じである。天災ではあるが、この地区だけでも多くの犠牲者を出したこの震災ことを、決して忘れてはならない。

荒浜慈聖観音像

荒浜慈聖観音像

訪問当日は、前日の曇天とは違い、青空ものぞかせる天候だったが、太平洋の拡がりを防潮堤から望んでも、何か物悲しい風景でもあった。また、いまだに、この地域が災害危険区域に指定されても、元の荒浜地区に帰るたいと望む旧住民があることも事実である。

 

 

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