Pages Menu
Categories Menu

Posted on 2019年9月13金 in スクールニュース

スクールニュース vol.437 編集部より

 

岩手県陸前高田市を訪ねて

先日、9月だというのに猛暑が続く中、陸前高田市を訪ねました。
今回の取材先は、東日本大震災被災後、最後の復興校となる「岩手県陸前高田市立高田小学校」が高台移転して校舎が完成。同校が、この二学期から供用を開始したことや、すでに、1年前に同様に移転改築した「岩手県陸前高田市立気仙小学校」です。
岩手県陸前高田市は、2011年3月11日のあの東日本大震災によって、特に東北地方太平洋沿岸、三陸地方を中心に甚大な被害にあったことはご存じの通りです。同市の震度は、震度6弱が観測されましたが、この地震によって発生した大津波で、同市の沿岸部や、気仙川、矢作川、長部川などの河川流域で特に甚大な被害を受けました。
この陸前高田市の沿岸に防波・防風、防砂林などとして植樹され、名勝でもあった「白砂青松」約7万本の松は、3.11の10mを超える津波で全てなぎ倒されました。しかし、その中の1本だけが残されたが、同1本松も海水に浸かってダメージを受けて震災から1年後に枯死したことはご存じでしょう。その後、東日本大震災遺構に保存処理され、「奇跡の一本松」として保存整備されました。

pl-999138046561
この一本松が残された高田松原「白砂青松」は、350年前の江戸初期に、この地は高波、潮風、砂塵などの被害が絶えなかったと言います。そうした被害からまちや生活、人びとを守るため松を植栽したことに始まります。以来、高田松原は度重なる津波で被害を受けるたび植栽を繰り返し、世代を超えて地元の人びとの絶え間のない取り組みによって守り育てられ、歴史を重ねて育ちみごとに、高田松原名勝「白砂青松」として国立公園にも指定されていました。しかし、今回の東日本大震災で、海岸堤防も倒壊、流出して高田松原も壊滅しました。
現在、海岸沿いの砂浜側の第一線堤と陸側の第二線堤の間にマツ林の復旧工事も決まって植栽も始まったようです。しかし、高田松原が震災前と同様に復活するには、約50年の歳月を要すると言います。自然を破壊する災害は一瞬でも再生するには長期間かかります。今、人びとによって高田松原再生記念植樹も進められています。あの高田松原の復活が楽しみです。
その後、陸前高田市の隣の宮城県気仙沼市の被災した旧宮城県立気仙沼向洋高校に設けられた「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」を見学しました。

気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館

気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館

CIMG3036CIMG3044CIMG3045

震災以降8年が経過して徐々に震災の記憶が風化しつつある中で、多くの大切な人々やものを一瞬にして失った悲しみ、自然災害の恐ろしさを、後世まで語り継ぐことは今を生きる私達の使命ではないでしょうか。そのために伝承館は震災遺構として設けられたものです。
当日、伝承館内シアターでは、300インチの大型スクリーンに震災時、震災直後の映像が投影されていました。映像のリアルさに目を覆いたくなるようなその惨状を目の当たりにしました。また、父子を失って強く生きている母子などの人びとのドキュメントも心を打たれました。このシアターには、平日最後の投影ということもあり私と20代の若い女性が一人、二人で観賞していました。その女性が涙して見ていたのが印象に残り、また、帰りのその女性の一人が乗車した軽乗用車が山形ナンバーであったのが、何かをもの語っているようでもあり、想像力をかきたてられました。

今回の取材の詳細は、今後の「月刊スクールアメニティ」で紹介しますのでご期待下さい。

 

 

過去のスクールニュース → http://www.schoolnews.jp/category/schoolnews/
登録解除は上記サイト上部の「メルマガ登録解除」を選択してください