学校の校庭映画会と手話について 月刊スクールアメニティ編集部
スクールニュース vol.698
昭和30年代(1950年台後半)の日本では、夏休みに小学校などの校庭で地域の野外映画会が開催されていた。古い話なので、知っている人の方が少ないと思うが、ゴザなどを敷いて、みんなで喜び、悲しみ、笑い、怒りなどを共有した。時には、飲物、駄菓子の販売もあり、のんびりした時代であった。参加する立場だった当時の筆者には、今も鰐淵晴子が子役で出演していた映画が脳裡に残っている。その後、学校の映画鑑賞会は校外授業の一環となり、昭和38年(1963年)位になると、学校の引率で文部省(現文部科学省)推奨映画を鑑賞に校外の映画館へ行った記憶もある。
そんな中、アメリカ映画の日本語吹き替え版「奇跡の人」に出会い感動したことを今でも覚えている。三つの障害があるヘレン・ケラーと家庭教師アン・サリバン先生の物語である。この物語は、書籍や舞台など多くの形で発信されているので、多世代の多くの皆様がご存じであろう。昨年は、盲聾併置の新潟県立新潟よつば学園など、複数の特別支援学校を取材したこともあってか、年末には映画「奇跡の人」とともにこんな古き時代の校庭映画鑑賞会を思い起こしていた次第である。
あわせて振り返ったことは、聴覚障がい者にとっての手話というコミュニケーション方法が、過去、聾学校で禁止となった時代があったことだ。あやふやな記憶を検索で改めて確認したところ、それは、1880年代の聾者会議で、手話法は口話法(口の形を読み取る方法)より劣るとされて、口話法が採択されたことによる。日本でも口話法が主流となり、多くの聾学校で手話は口話の習得の邪魔になると禁止されるようになったというのである。
これが見直されたのは1993年、当時の文部省が「聴覚障がい児のコミュニケーション手段に関する調査研究協力者会議」の報告で、手話の必要性を示したためだ。それにより近年では、手話を禁止する聾学校(聴覚障がい特別支援学校)は少なくなったようだ。
スクールアメニティ2023年3月号は、新潟県立新潟よつば学園の紹介を目指して制作中である。

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